良守が好きなのかと問いかけられて、どうしてあんなに動揺したのかと志々尾は自問自答した。
もともと言葉で感情や思いを表現することが酷く苦手なタチではあるが、それは自分の気持ちを他人に伝えられないと言うことであって、自分の気持ちが自分でもよく解らないという体験はもしかしたら初めてなのかも知れない。
座禅を組んでも精神統一をしても、どうにもこうにも集中できないその状況はしばらく打破出来そうもないだろう。


秘密を押し殺す以外に


「・・・・・何か、あったのか?」
そう思わず声をかけてしまいたくなる程、今夜の良守の様子はボロボロだった。斑尾が妖を見つければ逆方向を向き、走れば転び、結界を張れば見事に標的を逃し、時音に怒鳴られては落ち込んでいる。今夜は一匹も仕留めていないにもかかわらず、無駄にボロボロで疲れている良守に呆れかえって時音は向こうの方に行ってしまった。
あまりにも酷いその様に思わず木の上から声をかければ、良守はチラリと志々尾に視線を送り、酷く困惑した表情で『何でもない』と小さく呟いた。こういった場合、どうすればいいのだろう。何でもないと言われてしまえば、それ以上志々尾にはどうすることも出来ない。例えば、これが逆の立場であったなら、良守は何か言いつのって理由を聞き出そうとしたり、慰めようとしたりしてくれるのだろう。だが、悲しいかな志々尾は人に踏み込むことは苦手で、いつも一歩二歩引いてしまうのだ。
「・・・・俺、あっちの方見てくる」
フラフラとした足取りの良守が、何もないところですっころぶ。ぎゃぁ、と酷く痛そうな悲鳴を上げて顔面を地面に叩き付けて動かなくなった良守に、あんた今夜はもう良いよと斑尾が消えてしまった。
うぅ、と呻きながらも立ち上がろうとしない良守を上から見下ろしながら、手くらい貸しても拒絶はされないだろうと、志々尾は良守のすぐ横へと着地した。
「・・・・大丈夫か?」
「・・・・もう俺駄目かも」
差しだした手を握られて、少しばかり志々尾は動揺した。肌寒い冷気の中で、冷え切っていた手に良守の体温が熱い。がっしり握られた手を引き上げて助け起こしてやれば、頬に泥を付けた良守が、相も変わらず困惑したような表情で力無く笑って見せた。
「悪ぃ」
言いながら力を抜いた良守の手を、志々尾は思わず握りしめてしまった。
突然のことに良守の肩が小さく跳ねる。自分は何をしているのだと我に返った時には時既に遅く、酷く驚いた表情を浮かべた良守に目を覗き込まれて志々尾はもともと少ない言葉を完全に失った。寒さに冷えた指先から熱が離れていくのが嫌だった、とでも苦しい言い訳をしようか。咄嗟にそんなことを思う。
だが、それは言い訳にならないということに気づいてしまう。
確かに、嫌だったのだ。折角自分に触れてくれた良守の体温が、離れていってしまうことが。
(最悪だ・・・)
自己嫌悪に沈む。落ち込んで、無理矢理手の力を抜いて良守の手を離そうとした、のだが。
「お前の手、冷ったいなぁ」
今度は良守が志々尾の手を握り込んできた。両手の平で志々尾の手を包み込むようにして、暖めるように軽く擦ってくる。
「お前、心が温かいんだな」
「・・・・・はぁ?」
「ほら、手が冷たい奴は心が温かいっていうじゃん」
お前、目つき悪いけど優しいもんな。
良守の呟いた言葉に、心臓が大きく跳ねた。どうしようもなく早くなっていく鼓動は、これ以上早まったら死ぬのではないかと、そんな風にさえ思える。良守の手に包み込まれながら徐々に熱を孕む掌から、全身にじくじくとした熱が広がっていくような、そんな気がした。
「俺は、優しくなんかない」
お前の方がよっぽど優しいだろ。そんな言葉すら口にすることが出来なくて、志々尾は歯噛みした。良守はそんな志々尾の言葉を、鼻で笑い飛ばす。
「何言ってんだよ。優しいじゃん。今もほら、手ぇ貸してくれただろう?」
それだけで、十分じゃん。その言葉に、言葉を失った。言葉と引き替えに、溢れんばかりの想いが沸き上がってくる。どうしようもない傲慢な感情だ。
「にしても、お前の手、本当に冷てぇな」
冷え性か?笑いながら、良守が吐息を志々尾の手に吹きかけた。
はぁ、吐き出された熱が指先に絡みついて、どうしようもなく志々尾の体温を上昇させる。どうしようもなく早い鼓動に、ああ、もしかしたら死ぬかも知れないなどと、思う。今此処で死ねたら、どうしようもなく幸せかも知れない。そんなことを考えて、何を馬鹿なことを頭を振った。
「志々尾、俺達ってさ」
不意に、良守が口を開いた。月夜に照らされたその表情は、先ほど以上に困惑しているように見える。もしかしたら、自分はこれ以上に困惑した顔をしているかも知れない。
「友達、なんかな?」
その言葉に口ごもった自分に向けて、何故か良守がほんの少しだけ嬉しそうな顔をした。どうしてそこで嬉しそうな顔をするかだなんて、自分に都合の良い、自分を喜ばせるような結論しか出せなくて志々尾は一層困惑する。困惑して、どうしようもなくて、考えてはいけないと自分に言い聞かせたところで顔が赤いぞ指摘され、その瞬間に志々尾はその場から逃げ出した。追ってくる気配はない。当たり前だ。あいつは、一体何を言い出すのだ。ぐちゃぐちゃに掻き乱された思考回路に振り回されながら、志々尾はどうしようもなくなってしまいそうな、どうしようもない感情を持て余してただただ、眉を下げるしかできなかった。
こんな感情、押し殺す以外に何が出来ようか。


少年達の、少年達じみた、微妙な駆け引き(?)が大好きです!!


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